少し昔を思う。

あらかじめ…今日書くのは1つの内容ですが、やたら長いです(笑)。
この日記でも何回か書いていますが、自分のモーニング娘。コンサート初参戦は2001年3月30日、長野県はエムウェーブで行われた「モーニング娘。LIVE REVORUTION21 SPRING」、今から4年半前の中学卒業したばかりの頃です。あの頃のメンバーで今もモーニング娘。に在籍しているのは今やよっすぃ〜だけと、時代の流れというのを感じますが、同時に自分の「応援している心境」というのも変化してきているなぁ…と。
中学卒業直後に行った当時のコンサートですが、その為に中学在籍中から動いていました。ですが「長野で娘。のコンサートがあるぞ!」と知ったとき、FCにはまだ加入していなくて、チケットの入手方法とかそれこそ右も左もわからない中学生の自分が必死に調べていました。地元テレビ局の宣伝で協賛していることがわかり、そのテレビ局のチケットセンターで申し込みができることがわかって、友達の分と一緒に申し込んで…当時は「何回でも見に行ける」とは思ってもいませんでしたから、本当にただただ当選を祈るのみでした。
そして、当時「エムウェーブ」の「一般チケ」での「倍率が数倍」と言われた中、幸運にも当選したので、今度は友達と長野市まで行く計画をしました。長野市は同じ県内とは言っても電車で2時間半はかかる場所でしたので、そこまで同級生と4人だけで行くということは15歳にとっては「モーニング娘。のコンサートに行く」という以前に一種の大イベントです。綿密に打ち合わせをして、当日の日程表なんかも作ったりしてワクワクしていました。その後、コンサートに行く条件として「高校合格」というのがありましたので(当然、不合格で行ってはられないですが^^;)、「娘。のコンサートに行くぞ!」を合言葉にそれぞれが頑張って無事に合格を決め、当日コンサートに行く運びとなりました。
前日は友達の家に4人集まって泊まって、当日の朝早く出発。電車の車内でも高まる高揚感。長野駅からのシャトルバスに乗っていざエムウェーブに着くとそこは、いままで経験したようなことがないような雰囲気というのを感じました。ハッピを着ている人、特攻服を着ている人、集団での集まりなどなど…今となっては当たり前のように目にする光景がすべて新鮮でした。そこで初めて買ったグッズがパンフレットとよっすぃ〜のソロうちわ、娘。写真、プッチモニ写真でしたかね。「コンサートグッズを買う」という行為自体も当然初めてだったので買った後は、各自が買った物をお互いに見せ合いながら開場を待っていました。
開場から開演までの時間もまた新鮮。時々起こるメンバー名のコールなどに圧倒されながら、開演を待っていました。100列以上あったアリーナ席の53列目という場所。「レスをもらう」という行為、この頃は頭に無かったどころかどういう意味なのかもわかっていませんでした(笑)。最も、53列じゃ論外ですけど。
そして会場が暗くなっての地鳴りの様な歓声。思わず震えちゃいましたね(笑)。この時のコンサートの構成はちょっと特殊で、先に当時あったユニットやソロ、ゲストが歌ってから娘。本体が登場、歌うというものでした。もちろん、そんな構成になっていることを事前に知っているはずもなく、知る手段もわからなかったですし、そもそも知ろうという発想もありませんでした。
当時のコンサートの詳しいセットリストについては下記DVD(最も、このDVD収録は裕ちゃん卒業コンなのでラストの方は若干違います)が参考になる(自分も参考にして書いてます(笑)かと思いますが、

最初に出てきたのはデビューしたばかりの「ミニモニ。」。ここではまだ「コンサートを楽しむ」というよりは「本当にモーニング娘。のメンバーが目の前で歌ってるよ…」と友達と共に放心状態、あっけにとられていました。お次に出てきたのが「プッチモニ」。ここで、ついに念願のよっすぃ〜とご対面でした。もうこの瞬間、頭の中が真っ白になっていましたが、それと同時に開花したと言いますか(笑)。「よっすぃ〜っっっ!」と叫びまくっていましたね。プッチモニが2曲歌った後、卒業を控えた裕ちゃんソロ、タンポポが2曲、ソロデビューしたばかりのごっちん、こちらもできたばかりの「カン梨華」、まだゲスト扱いのあやや、今はハロプロを離れ頑張っているみっちゃんこと平家みちよが2曲と続きました。もう、ここまでの流れだけでも十分にコンサートを堪能していましたが、いよいよモーニング娘。の登場です。セットリストは省略しますけど、最初の「ハピサマ」から始まり「ミラコー」あり、途中のミニ寸劇なんかもあったりとかなり楽しめました。
コンサート終了後「絶対またよっすぃ〜が歌っている姿を見たい!」と思って、FCにも加入して、高校入学して…その後4年半を経て現在に至っているワケです。





ここまで長々と初参戦のコンサートの参戦経緯と状況について書いてきましたが、ここまでで何を自分が言いたかったかと言うと、当時の自分は本当にただただ「純粋な気持ち」でよっすぃ〜、あるいはモーニング娘。を応援していたなぁと。
もちろん、今だって応援する気持ちは変わっていませんが、当時とは状況が違い過ぎます。自分もインターネットを使いこなすようになりました。インターネットというのは情報の取捨選択ができますが、中には知ろうとしなくても入ってくる情報というのもあります。もちろん、知りたい情報を早く手に入れられるようになったというメリットもあってのことですが、そうやって情報を知りたがる、あるいは図らずとも得てしまうということが増えました。
それから、色々と考えるようになってしまったというのもあります。初参戦の頃は本当に「応援」の気持ちだけで一杯だったと思うのですが、今は娘。に対しての心配、あるいは期待、要望などなど…それは「応援」からの発展で出てきたものだとは思いますけど、ある意味では邪心かな、なんて。少なからず、売り上げとか気にするなって思っていても全く気にしないということもできなくなっています。後、それに付随して事務所に対する要望、不満なんかも考えるようになってますし。初参戦時なんか、それこそ事務所のあり方なんて考えもしてないですよ(笑)。
色々と考えてしまうという中には「自分自身」の参戦について考えるというのもあります。昔は「長野県からムリせず行けるところ」を探して申し込むという感じで。時間やお金の制約もありましたしね。今はというと、横浜というコンサートやイベントに参戦するには打ってつけの場所に住まわせてもらっているので「複数行ける中から取捨選択」という形になっています。これは恵まれていることではあるけど、むやみやたらに申し込むのも…とか色々と思うことはあるわけです。レスをもらうといったことについてもそう。「何か特別なことをしてまでレスもらいたいのか?」とか「それでもやっぱり…」とか、色々あります。初参戦のときにはそんなこと、本当に夢の様な話だったのに、です(笑)。
それと、自分だけじゃなく他の人のことまで考えるようになってます。コンサート中のマナーの問題とか、ヤフオクの利用、チケの転売、1人で複数枠持っている、参戦の仕方・スタンス・スタイル、某巨大掲示板(嫌いだし見てないですけど。もう見ることもないでしょう)でのやりとり…余計なお世話かもとは思いますけど、「それはどうなのかな?」と思うことも多々あります。逆に、その中には羨ましさ(嫉妬?)みたいのもあるんでしょうけど。
もちろん、変わってきた中で良かったこととして、よっすぃ〜や娘。を応援してきたことによってできた交友関係というのがあります。コンサートやイベントの参戦時にお会いしたり、オフ会で一緒に語り合ったり、メッセなどでやりとりしたり、気兼ねなく会話できたり…という機会があるのは本当に嬉しいこと。こうやってできた交友関係というのは大切にしたいものです。


今の自分が4年半前のような「純粋な応援」に戻れるかと言えば、それは現実的には不可能でしょう。理想がそうだとしても、現実はなかなかそうもいきません。ですが、少しでも4年半前のような「純粋な応援」「純粋な気持ち」に近付いた状態で今後、よっすぃ〜モーニング娘。ハロプロを応援していけたら、と思います。昨年の自身1年ぶりのコンサートであった松本での娘。コンでは色々とあった夜公演はともかくとして、昼公演での娘。を見たときには、初参戦時のような昂揚感が少なからずありました。
これから行く現場では1公演1公演「純粋な気持ちでの応援」を目標として、コンサートを楽しめたらなぁと思っています。色々と考えることをせずに…。
明日はアルバイトの面接です。